先日何気なく以下のようなポストをしたところ、思っていたより反響があって驚きました。

英語学習者だけでなく、指導者の方からもたくさん「いいね」を頂いているので
800点以上が安定して取れれば、初学者には指導ができる
600~700台の人は、まだ他人に指導できるレベルではない
というのが、多くの方の認識なのかなと思いました。
改めて、僕の考えでは指導者たるには最低ラインが800点、理想は950点以上です。
この記事ではその根拠を述べていきたいと思います。
※今回はあくまで「TOEICを指導する講師」という視点での話です。
英会話や子どもの英語教育、高校受験対策ならまた基準が変わってきます。
700点台では指導が難しい理由
「700点でも400~500点の人よりは実力があるんだから、自分よりスコアが低い人になら指導出来るのでは?」
という意見もあるでしょうし、実際にそういう考えで講師として指導してる方もおられるでしょう。
しかし、700点の内訳を子細に見れば、その意見はかなり甘いと言わざるを得ません。
まずTOEIC700点というのは、問題の7割を完璧に理解して解いている人のスコアではありません。
TOEICは四択なので、勘で塗っても1/4は正解します。
正解が選べなくても選択肢の二つを消去出来れば、正解する確率は1/2になります。
それらを考慮に入れると、700点というのは
「狙って正解できるのが100問、二択まで絞れるのが50問、完全に勘で選ぶのが50問」
で到達出来るスコアです。
これは以前詳細に記しましたので、納得いかない方は一読頂ければと思います↓
TOEICのスコアダウンは気にするな【スコアの誤差についての検討】
乱暴に言ってしまえば、
「TOEIC700の英語講師は、試験問題の半分ぐらいしか完璧に解説出来ない」
ということです。
正解している問題でも、例えばリスニングなら
「”Where”って聞こえたから、”At the park.”だ!」
などと、全文が聞き取れずに選んでいるものも多いと思います。
リーディングでも、完璧に品詞や文構造を理解して解いているわけではなく、
「練習で似たような問題が出てたから、とりあえず同じような答えを選んだ」
など根拠に乏しい状態で正解出来ている問題もあるでしょう。
また700レベルの人は、最後まで読み切ることが出来ずにラスト10~20問は塗り絵で終わってしまっているはずです。
そこも踏まえて厳しく見れば、完璧な解説が出来るのは全体の3~4割ぐらいに留まるかもしれません。
生徒の質問に対して半分ぐらいしか正しく説明出ない人物が、指導者として適格、とはさすがに言えないでしょう。
説明できないだけならまだしも、それよりも懸念すべきなのは、間違った知識や認識を指導してしまう可能性があることです。
世の中には中学一年生に対して、「『is/am/are』は日本語したら『です』だ!」と指導する英語教師がいます。
(残念ながら、つい最近僕の生徒から聞いた話です)
“I am a student.”
ならそれで良いかもしれませんが、
“I am going to go shopping.”
“I am interested in English.”
などが出てきたらどうするのでしょう?
「toの後ろの動詞は絶対原型!」
と指導するような塾講師もいます。
それなら
“I’m looking forward to seeing you.”
などの場合はどう考えればいいのでしょう?
指導者自身に正確な知識が無いと、根拠のある正解の選び方ではなく、
「とりあえずそう訳しておけば日本語っぽくなる、それを選んでおけば正解しやすい」
というようなテクニックもどきの不正確な思い込みを伝える恐れがあります。
そして初学者のうちにそういう間違った知識や勘違いを覚えてしまうと、後々修正するのが大変になります。
「自分はまだ400点だから、700点の人でも十分教えてもらえるはずだ」
と考えるのではなく、まだ知識が少なくて悪い癖がついてないうちに、正しい知識を詳しく教えてくれる指導者を探すべきでしょう。
英語コーチ≠スポーツコーチ
「井上尚弥選手のコーチは井上尚弥よりボクシングが強いのか?」
「大谷翔平選手のコーチは大谷翔平より野球が上手いのか?」
答えはNoでしょう。
彼らより業績を残した選手がそもそも存在しないのですから。
スポーツの世界において、コーチが選手より強い・上手いことは必須ではありません。
上の例では特に飛びぬけた選手の話を挙げましたが、例えばオリンピックメダリストのコーチが皆メダリストだということはありませんし、何ならオリンピアンですらないこともごく普通のことです。
これと同じ理屈で
「TOEICコーチでも必ずしも高スコアである必要はない」
という意見を挙げられる方がおられます。
もっともらしい意見に聞こえますが、残念ながら的外れです。
スポーツと学問では全く話が違うからです。
スポーツにおいては
「理論は分かるけど、自分では実践できない」
ということがよくあります。
生まれ持った身長や骨格などの身体的特徴、体の柔軟性や筋肉の付き方が人によって千差万別だからです。
ですので、技術指導をしていく中で
「自分には出来ないけれど、自分の教え子は出来そうなプレイ」
というのもたくさん出てきます。
また怪我や加齢に伴って
「昔は出来たけれど、今は出来ない」
ということも多く出てきます。
だから、コーチだけれども選手よりプレイは下手、ということはごく普通にあります。
こんな例もあります。
日本を代表する十種競技選手であるの右代啓祐選手のコーチは布団職人さんです。
ご自身が日本代表だったわけでもなければ、十種競技をされていたわけでもなく、専門の陸上コーチですらありません。
独学で陸上を学び、近所の子どもに陸上教室を開いていたところ、右代選手と出会って走りを指導することになったそうです。
右代選手の走りのフォームを見て改善点が分かり、それを直す練習を共にされた結果、改善に成功されて大会での結果に繋がったということです。
これだけが非常に特殊な例というわけでもなく、その競技の経験者ではない親がコーチをして、子どもが世界的な選手になったいうような話もいくつもあるぐらいです。
つまりスポーツの指導においては、選手のプレイの改善点と改善法が分かるかどうかが最重要で、それを指導者が実践できるかどうかは関係が無いということです。
勿論、コーチが実践して見せてあげられるならそれに越したことはありませんが、それが指導者の必須条件ではないということは様々な実例を見ても明らかです。
ではTOEICではどうでしょうか?
「生徒がなぜ間違えたか、どうすれば正解できるかは理解できるけれど、自分自身はテストで正解できない」
なんていうことがありますか?
絶対にありえませんよね。
スポーツと違って英語の指導では、
「自分は解けないけど、他人に解き方を教えることは出来る」
といった状況は起こり得ません。
理論が分かれば絶対に正解が選べるのですから。
ということで、スポーツコーチの理論は英語コーチには全く当てはまらない、というのが私見です。
良い講師とは
ここまで講師にとってのスコアの重要性を書いてきましたが、スコアが高ければそれだけで良い講師というわけでもありません。
たとえ満点ホルダーであっても、知識の言語化や人とのコミュニケーションが苦手なら、上手な指導は出来ないでしょう。
また、知識指導だけでなく生徒のモチベーション管理も講師の重要な仕事です。
「どうしてこんなのも出来ないの?」
「いつになったら出来るようになるの?」
など、常に生徒のやる気を奪ったり自信を挫いたりする声かけしか出来ないなら、どれだけスコアが高くても講師としては全く不適格です。
そこから転じて
「スコアが高くても性格が悪い人に習うぐらいなら、スコアや知識が乏しくてもモチベーションを刺激してくれる人に習いたい」
という意見が出てくることには当然納得できます。
しかし、モチベーションを刺激してくれるけれど正しい知識は教えられない、という人は指導者とは呼べません。
それはモチベーターやサポーターと呼ばれる存在です。
技術・知識の指導に加え、生徒の目標への進捗管理やモチベーションの刺激などメンタル管理、それら全てが出来て初めて指導者と呼ばれるべきだというのが僕の考えです。
偉そうに語りましたが、僕自身のTOEICスコアは直近で980、975とまだ満点に届いていません。
現状にはとても満足出来ていないので満点が取れるまで受験は続けるし、指導者として仕事を続ける限りは定期的に受け続けて常に満点取得を目指すつもりです。
僕が尊敬している指導者の方々も、満点ホルダーであるにも関わらず継続的に試験を受けて常に最新の情報を仕入れ、自己研鑽に励んでおられます。
自分自身もそのような講師になれるように、日々学習に励みたいと考えおります。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


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