「単語帳を10周は回しましょう」
「英文を10回以上音読しましょう」
ネットでこのような学習法の勧めをよく見かけませんか?
また、学生時代に
「単語を20回ずつ書き取りなさい」
「英文を3回書き写しなさい」
という課題を与えられたことはありませんか?
学校の課題なら教師が勝手に決めていることですが、趣味で語学学習をしている場合でも
「これを〇〇回やる」
と自分で回数を目標設定にしている方が多数おられるように思います。
しかし、その回数の根拠は何なのでしょう?
音読を9回で止めてしまったときと、10回読み上げたときではどれぐらい違いが出るのでしょう?
単語は“dog”や“man”だろうが、“simultaneously”や“unpredictability”だろうが、同じ回数書き取り練習するべきなのでしょうか?
このように問われたとき、回数の根拠を具体的に回答できる方はまずいないと思います。
ほとんどの場合、何となくキリの良い数字を設定しているだけでしょうから。
それが習慣化してしまっている方に、改めて回数を目標にするやり方を見直してみてはいかがでしょうか?と提案したいと思って今回はこの記事を書いております。
暗記に必要な回数は状況や人による
ここからは「何周読んだか?」が最も議論になりやすい単語帳の暗記学習を例にとって考えてみます。
まず、「単語帳に載ってる単語を全て知らない」という方はおられないと思います。
自分のレベルをかなり超えた単語帳を選んだとしても、
・2割ぐらいは既に知ってる
・3割ぐらいは見たことはある
・残り半分は知らない
ぐらいじゃないでしょうか。
この時点で、その知ってる2割は10回も見る必要はありませんよね。
過去に見たことがあって記憶に残ってた3割も、10回まで見ずとも覚えられませんか?
知らない残り半分にしても、
・すぐに頭に入ってくるもの
・中々覚えられないもの
・何回見ても全然頭に入らないもの
と単語によって覚えやすさが違うはずです。
初めて見た単語でも意味が特徴的ですぐに頭に入るなら10回も見る必要はありませんし、全然覚えられないなら10回と言わず20回、30回と繰り返し読まないといけません。
単語一つごとに覚える為に必要な回数は異なるので、それを一律に「単語帳10周」というような決め方は危険です。
実際に頭に入ったかどうかを基準にせずに回数だけを目標にしてしまうと、その回数をこなした後でもさほど知識量が増えてないという結果に終わってしまう可能性があります。
10周も見なくても覚えられる単語に10周かけるのは時間の無駄です。
また、10周見たからとて全ての単語が頭に入るわけでもありません。
既に覚えてる単語を何度も読む時間があるなら、その時間はまだ覚えられていない単語の暗記に使うべきです。
また、英語講師や他の英語学習者などが勧める回数を鵜呑みにするのも絶対に勧められません。
元々の記憶力、語彙力、学習環境などによって、単語を覚えられる速度はかなり変わってきます。
すでに1万語以上知ってる方が100個新しい単語を覚えるのと、今100単語しか知らない方がそこから更に100個覚えるのとでは全然負担が違います。
熟練の学習者なら知らない単語に遭遇しても接頭語や接尾語、似た単語などから単語の意味の推測を出来たり、その場で例文を作って効率的に暗記することも出来たりします。
スペルの並びから発音も大体想像して正しく発音も出来ます。
しかし、まだ基礎・土台も出来てない学習者に同じ覚え方をするのは無理です。
時間をかけて繰り返し、丁寧に覚えていくしかありません。
ですので、「有名な○○さんが10周読めって言ってたから…」
みたいな理由でその回数を目標にするのは避けるべきです。
その方とご自身では必要な回数が絶対に違うはずです。
何年も学習を続けてきた方が、自身の経験則から「10周がベスト」と判断して取り組んでるならまだしも、上記したようなことを何も考慮せず「とにかく10周!」と盲目的に決めてしまっているなら、その学習の取り組み方はとても非効率になってしまうかもしれません。
回数が目標になると、回数で満足してしまう
上でも少し書きましたが、回数を目標にしだすと、
「実際に覚えたかどうかより、10周読んだかどうか」
の方が自分の中で重要になってきてしまいます。
これは非常に危険なことです。
まだ覚え切れていない単語がたくさん残っているのに
「10周読み終わった!」
と満足してそこでその単語帳の学習を止めてしまう可能性があります。
断っておきますが、僕は「回数をこなすことに意味が無い」とは決して考えていません。
記憶を定着させるには一定以上回数をこなすことは必要不可欠ですし、同じことを繰り返す中で自分に自信がついたり新たな発見があったりすることも重々理解できます。
しかし、それが1回の学習で出来るなら、それに越したことはありませんよね。
人間の脳の構造的に1回の学習では全てを覚えきれないから、回数によってそれを克服する必要があるだけです。
その回数が10回である必要はどこにもありません。
3回で完璧に覚えられるならそれでいいし、10回で足りないならもっと繰り返さないといけません。
暗記学習では「覚えた」という結果が重要なのであって、「何回やったか」ということ自体はハッキリ言って只の自己満足です。
1回で完璧に覚えてその単語を使いこなしている人より、10回見たけど全く覚えていないという人の方が、時間的にも精神的にも頑張ったのかもしれません。
しかし、それでテストのスコアが上がったり英語が上達したりすることは残念ながらありえません。
頑張った過程は自分にとっては自信や経験になっても、他人からは何も見えませんから。
ですので、最初から何周もやろうと意気込むより、暗記に必要な周回数を減らせる方向で考えていくべきです。
そのためには少ない回数で覚えよう、この一回で覚えようという気持ちで毎回取り組むことが重要です。
どうすればより覚えやすくなるか、どの時間帯に勉強すれば記憶に残りやすいのか、色々と工夫もするべきです。
そういう取り組みをしていけば、自分に合った暗記法が身に付くし、記憶力自体も向上することも期待できます。
最初は10周かかったものが、徐々に上達して周回数を減らしていけるようになってくるはずです。
毎回「必ず10周」と決めて取り組んでいては、そういう工夫や能力は身に付きにくいです。
最初から「どうせ一回で覚えられないし十回やるつもり」という気持ちで取り組んだ十周と、「一回で覚えるつもりで集中したけど十回かかった」という十周では同じ回数でも内容は別物になります。
「まず回数ありき」で考えるのではなく、「覚えるという目的を達成するために、結果的にその回数になった」という勉強をするよう心がけることが大切だと思います。
単語帳をボロボロにする必要は無い
ここからは、単語帳の周回数の話をしたついでの話になるのですが…
SNSでは擦り切れた単語帳の写真と一緒に
「これだけ勉強しました!」
とポストされている方をしばしば見かけます。
頑張った過程は他人には見られないと先述しましたが、ボロボロの単語帳や大量に書き込まれたノートは努力の過程を人に見てもらえる物になり得ます。
ですので、それを公開することで
「こんなに頑張って凄い!」
と褒めてもらえることも大いにあるでしょう。
実際、一冊の本が擦り切れるまで勉強することは素晴らしいことです。
しかし、その内容はどれだけ頭の中に入っているのでしょうか?
写真や文面からは、投稿者の頭の中まで見ることは出来ません。
「それだけボロボロになってるなら、さぞかし苦労して勉強したのだろう」
「真面目に暗記学習をしていて、きっとたくさん単語も覚えているに違いない」
という想像で褒めているだけです。
改めて厳しい言い方をしますが、どれだけ頑張ったかは所詮自己満足です。
「単語帳はボロボロだけど、まだ半分しか覚えられていません」
という人と
「3周しかしてないから新品同様だけど、内容はほとんど覚えました」
という人なら、どちらの方が単語帳を活用できていると言えるのでしょう。
「何周やったかなんて数えてないけど、完璧に覚えたころにはボロボロになってました」というなら立派だと思います。
それはそこまで努力を継続し、実際に覚えたという結果が立派なのであって、単語帳がボロボロになったこと自体には価値はありません。
「単語帳がボロボロな人は語彙力が高い」
「ボロボロなのが使い込んでる感じでカッコいい」
という先入観を持ってしまっている人が一定数いるように感じますが、残念ながらその認識は因果が逆転してしまっています。
単語帳を擦り切れてボロボロにするのが単語帳を周回する目的ではありません。
単語を完璧に覚えるという目的を達成するために、その過程でたまたま単語帳がボロボロになった、が正しい認識です。
本当に価値があるのは単語帳ではなく、それを活用して頭に入った知識です。
そもそも丁寧に本を扱えば、40~50周程度、何なら100周読んでも表紙が破れたりページが取れたりなんてしないと思います。
ただボロボロにしたければ、使いもしないのにカバンに入れっぱなしにして移動中に揺さぶったり、乱暴にページをめくったり、本棚に直さずページを開いたままその辺に放ったらかしたりすればいいだけです。
それだけでページの端は擦り減っていくし、特定のページが痛んで外れる可能性もあるし、雨に打たれたり飲み物がかかったりすればヨレヨレのページも出来てきます。
半年もそうして使えば、覚えてもないのに見た目だけはボロボロの単語帳は出来上がるはずです。
ボロボロの単語帳の写真をポストしてる皆がそんなことをしてるワケではないでしょうが、中にはその単語帳の消耗度と語彙力が見合ってない人もおられるように思います。
そういう人は、やはり中身よりも回数、覚えたかどうかよりどれだけ使い込んだかどうか、の方に意識がいってしまっているのではないでしょうか。
「単語帳がボロボロになるまで勉強する」
という考え方も意気込みや志としては立派かもしれませんが、目標とするには回数設定よりも更に曖昧としているので、もっと具体的なプランをもって暗記学習に臨むことを勧めたいです。
まとめ
途中だいぶ厳しい言い方をするところがありましたが、要するに
「自己満足の勉強に終始していては成果は出にくい」
というのがこの記事での結論になります。
学生でも、色ペンを何十色と使い分けてノートを綺麗にまとめる子、あちこちに付箋を貼って参考書をデコレーションしていく子と、作業に大層手間をかける子がいるのですが、そういう子たちの多くは残念ながらかけた時間と成績が見合っていません。
覚える為の作業だったはずが、途中から作業そのものが目的にすり替わってしまうからでしょう。
「単語帳を10周読むぞ!」
と意気込むことも悪くはありませんが、本来の目的は単語の暗記であって「10周」というのはその手段や目安に過ぎません。
ですので、最初から回数に拘らず「実際に覚えたかどうか」に拘った学習を常に心がけることが、効率良く学習を進めることに繋がっていくと思います。
正確な状況分析や科学的な根拠も無いままに、誰に対してもとにかく「回数」を勧める指導者が一定数いること、そしてそれを称賛する学習者もいることに対し個人的には辟易しており、その風潮に一石投じたいと思っている次第です。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


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